銀魂 『しあわせのかたち』





電脳の街。
「おーつぅっ! ハイっ! おーつぅっ! ハイっ! おーつぅっ! ハイっ! ハイハイハイっ! ヴァイっ!」
街の一角にあるビルの中から野太い声が聞こえてくる。
スタジオは地鳴りのようなハーモニーで溢れかえり、真冬だというのに真夏だと思えるほどの熱気と限界を知らない瘴気が会場の隅々を満たしていた。
声を発する男達の視線の全てがステージ上の人物へと注がれている。
視線の先にはスポットライトに照らされスタジオの中で只一人光輝く少女、シンガーソングライター寺門通が佇んでいた。
ゴミ溜めの中に舞い降りた鶴のように華麗に舞い、その可憐さに心射貫かれた男達は絶叫にも近い声援を声が枯れるまで送り続けている。
「みんなー! 今日は来てくれてありがとうきびうんこー!」
一通り歌い終えたお通が満面の笑みで特殊な語尾を投げかける。
「とうきびうんこおおおぉぉーっ!」
その声に反応し、同じ柄のハッピを着た一団が声を揃えて返答する。
皆の顔は汗と笑みにまみれ幸せそうに鈍く輝いていた。


数刻後の裏通り。
「いやぁ、今日もお通ちゃんノリノリだったでござりますなぁ! いつもながらCD発禁お構いなしの放送コードぶっちぎりの禁止ワードオンパレードは聞いていて爽快だったでありますなぁ。デュフフフフ!」
「全くもってその通り! 聖域内は録音録画禁止でおじゃるが、我が輩の灰色の脳細胞にはあの美しい旋律、天使のような言霊の一語一句が焼き付いているでござるよ!」
重たそうなリュックサックを背負い、放送禁止コードがプリントされた少し黄ばんだTシャツをハムのような体躯に纏った二人組が満面の笑みで歩いていた。
今にも雪が降ってきそうな冷気も興奮している二人には関係がないらしい。
帰ったらDVDを見直そう、それからネット掲示板に今日の喜びをスレッドを埋め尽くすまで書き綴ってやろうなどと話し合いつつ、通りを進んでいく。
それだけなら電脳の町ではいつでもどこでも見られる普段通りの光景だ。
「そうでござるよなぁ! 山崎氏!」
振り向いた先、二人の後ろには細身の男が疲れ切った表情で歩いている。
「あ、はぁ、そ、そうですね。えと、いや、まったく…」
山崎氏、と呼ばれたのは真選組監察山崎退。
前を歩く二人と殆ど同じ格好をしている山崎は、魂の抜けたような表情で返答した。
「ほっほう! 山崎氏は張り切りすぎでござるよ! いくら天使が目の前に降臨してくれたとはいえ、帰りの体力は残さねばいけませんぞ。誠に!」
「まぁまぁ、山崎氏はつい最近お通殿の魅力に気付いた、こう言っては失礼でござるが新参の若輩者。いやいや決して馬鹿にしているのではござらぬぞ! だからこそ、これから精進して高みを目指す事が出来るという、むしろ我々上級者にとっては非常に羨ましいと言えるピュアな状態だと言いたいのでござるよコレホントに!」
「全くもってその通り! 山崎氏! これから体力配分などを存分に研究されるがよろしいでおじゃる! 我々はお主の成長を心より待ち望んでおるでござる! そして、我々と同じ高みへと上り詰め、そしてお通殿を共に応援しようではござらぬか!」
「そうそう! それに山崎氏はコスプレまでしてしまうほどの官憲マニアでもござるからなぁ!」
「あ、ええ、ま、まぁ、そうなんでござるよ。あはははははは」
山崎が引きつった顔で頷く。
「そうそう、あの服装の出来栄えは実に見事でござったなぁ。拙者、隊士服姿の山崎氏を見かけた時は思わず身を隠してしまったでござる。いやいや、拙者別に悪い事は何一つしていないでござるがな、これホント、いやホント」
「お、お二人にそこまで言ってもらえると、こ、コスプレ冥利につきるで…ご、ござるなぁ。あは、あは、あはははははは…」
 少し前、隊士服から普段着に着替えようとして適当なトイレでもと探していた山崎を見つけた二人は開口一番、見事なコスプレだ、と褒めまくったのだ。
俺、そんなに警察っぽくないの?
本物ではないのかと一切口に出されなかった事を、安堵しつつも山崎は複雑な胸中で思い出す。
そんな経緯もあってかすっかり二人に気に入られてしまった山崎はこれ幸いと、行動を共にさせてもらう事にしたのだった。


「…つ、疲れたぁ…」
それから更に暫くの後。
やっとの事で熱弁をふるい続ける二人と別れた山崎は小さな喫茶店の奥まった席に腰を下ろすと、どっと疲れを噴き出させた。
とりあえずコーヒーを一杯注文し、それから携帯を取り出しておもむろに電話をかける。
「もしもし、はい、山崎です。ええ、今日も問題ありませんでした。ええ、明日はもう少し大きい会場でライブがあるんで、もしかしたら…。はい、はい」
先程までの疲れ切った表情とは打って変わった真面目な表情で山崎が電話を続ける。
その、内容とは。


「ザキ、お通ちゃん知ってるな」
真選組屯所の一室で近藤は山崎を呼び出して仕事の内容を伝えていた。
「ええ、そりゃ勿論ですけど何か?」
「そのお通ちゃんに怪しい連中が近づいているらしいんだ」
「え? 何ですかそれ。どんな連中なんです?」
お通といえばその昔、真選組イメージアップ作戦のため色々と世話になった人である。
そう、本当に色々な意味で。
「実はな、最近そのお通ちゃんがライブの帰りや自宅近辺で、おかしな連中に付けられているらしいんだよ」
「…アイドルですから、そういった犯罪に巻き込まれる可能性はないとはいえませんけど…。ボディガードとかはつけていないんですか?」
「もちろんつけているさ。問題なのは、単なるファンではないかもしれないという事だ。これまでにボディガードが二人、怪我を負わされている」
「ええっ? ボディガードが?」
「屈強なボディガードもたじろぐ程の凶暴さだったそうだ。おまけに凶器も持っていたらしい」
「それって、かなり危険じゃないですか? 愉快犯でないとすると下手したらお通ちゃんの命を…」
「うむ。このままだとライブ会場ですら襲ってくる可能性がある。ステージにボディガードを立たせておく事も考えたが防ぎきれないかもしれん。そこでザキ、お前の出番だ」
「はい」
「少し効率は悪いが、お前にはファンの一人としてライブ中の監視を頼む」
「俺一人ですか?」
「犯人はファンの中に紛れ込むかもしれん。そうなったらファンへの危害が及ぶ可能性もあるし、近くにいたらすぐに対処できるからな」
「でっでも、もっと沢山いた方がいいと思うんですけど! 俺一人じゃとても…」
「仕方ないんだ。チケットが一枚しか取れなくってな。ほら、人気じゃん。お通ちゃん」
「いや! そこは! 関係者とか通して確保しましょうよ!」
「無理ー! お通ちゃんってファンクラブの繋がりが強くてチケットのバラけが殆ど無いの! 席一列全部ファンクラブの番号順なんてザラだもん! 警備に使える前の席は殆どいつも決まった顔の指定席状態なんだよ! お通ちゃんもお通ちゃんで、事情を話してもファンの人の誰かを犠牲になんて出来ないって言うし!」
「…それで、なんとか手に入るのが一枚だけなんですね」
お通ちゃんすごいな。
自分も、いいかなと思っていた時期があるけど、そこまでのめりこめなかったもんなぁ。
山崎は半ば人生を捧げているファンの凄さを改めて知り、冷や汗を垂らした。
「と言う訳でだ」
「あの、俺、ちょっと用事が…」
「任務以上に大切な用事なんて無いよなぁ? ザキ?」
「…はい」
かくして山崎は最大限譲歩できる内容として、お通の新規ファンの振りをしてここ数週間、ライブ会場に足繁く通う事となってしまった。
幸い今のところ暴漢が姿を現す気配は見せていない。
だが、それでもファンの振りをしながら隅々まで目を配らなくてはならなくなってしまった山崎の苦労は、あんパンを持ってしても完全回復とはいかないほどだったのである。


「…しっかし、凄いよなぁ。あの二人、チケット取るのに三日間並んだって言ってたし、そこまで夢中になれるってある意味うらやましいかもしれないよな」
山崎は小さく呟くとコーヒーにミルクと角砂糖を二つ入れた。
普段はブラック派なのだが連日のライブ鑑賞と監察業務の兼務のせいか今はやけに甘いものが欲しい。
今なら、旦那と甘いものの食べ比べしても勝てるかも。
最近、会ってないし、この仕事が終わったら思い切って誘ってみようかな。 
「……」
山崎はスプーンでコーヒーをかき混ぜると一気に飲みほした。 
「さてと。明日も昼からライブだ。仕事だ仕事! 今じゃプレミアチケットになったお通ちゃんのライブを苦労しないで見られると思えば、そうそう文句も言えないよな」
…そういえば会場で新八の姿が見えないのは金欠らしいと、二人組が言っていたっけ。
この仕事が終わったら、お通ちゃんに頼んで新八君にチケットをプレゼントしてもらおうか。
嬉しさに感極まって涙を流している新八の姿を想像した山崎が苦笑いした、その時。
「お通ちゃんのライブが何だってぇ?」
「どわっ!」
突如背後から聞こえてきた声に山崎が飛び上がった。
「えっ?! あっ! だ、旦那っ?!」
振り向いた先、そこには、詰まらそうな顔で鼻をほじっている銀時がいた。
「最近、全然顔見せないと思ったらお通のライブに入り浸りとはなぁ。銀さんそんな濃いオタクに育てた覚えはないよ?」
「元から育てられていませんって。それに聞いてたんでしょ? 仕事です仕事。結構大変なんですよ。あの会場の異質な空気に全力で合わせるのって…」
「知ってるよ。ウチのメガネが時々メガネ光らせながら、意味不明なポーズとりつつ、何度も何度もハイハイ、とかウリャホイ、とか叫んで練習してるから。イヤホン付けてやってっから傍から見ると相当危ない人って感じで、神楽も氷の視線でドン引きしてるぜ」
「新八君…」
流石は会員番号0番だ、と山崎が頬をひくつかせる。
「で、お通がどうしたんだ?」
「これは仕事ですから言えませんよ。相手が幾ら旦那でも」
「お通が何者かに狙われているんで見張ってるんだろ?」
「えっ? な、なんで知ってんですかあああっ?!」
外部に漏らしていないはずの情報が、よりによってまさか旦那に筒抜けとは。
山崎は絶叫した。
「んな事より、お通さらわれたぜ」
「…え? ええぇえぇっーーーー!?」
 山崎が、もう一度叫ぶ。
「で、どうすんだ?」
銀時が問う。
「ど、どうするって…何で? なんでさらわれたのっ?! 何時っ? どこでっ?」
つい先程までライブをやっていたし、今は他の隊士がお通を監視しているはずである。
何が何だか分からない。
「にしても…だ、旦那! ど、どうして旦那がそんな事知っているんですかっ?! ま、まさか、家賃が振り込めないからって…」
「ぶぁか。こちとらお通とは顔見知りなんだ。知り合いさらって身代金要求するよう真似する訳ねーだろ」
「じ、じゃあ、一体どうしてなんですか?!」
その時、山崎の携帯が鳴った。
「はい! 今ちょっと立て込んで…は? え? さ、さらわれたっ?! 楽屋に戻る時間になっても帰ってこない? 携帯も通じないだって?」
山崎が目を見開いて顔面蒼白となる。
…本当に本当だった。
その顔を見た銀時は、ほらな、と大きくうなずいた。


「…つまり、お通ちゃんは真選組以外にも相談していたんですね」
「言っちゃなんだが、お前達だけじゃ心もとないってさ」
「う…」
言い返せない自分が歯がゆい。
最も正確にはお通ではなくマネージャーが密かに頼んでいた、と言う事らしい。
精一杯、仕事しているんだけどなぁ、と山崎は肩を落とした。
おまけに、つい先ほどお通はさらわれてしまった。
あ、こりゃ申し開き出来ないわ。
一応、プライベートでは警護は必要ないと言ってきたのはお通側なのだが、それは言い訳に過ぎない。
守るべき相手を守れなかったのは事実なのだから。
「で、あの、どうして旦那が俺の所へ?」
「さらわれたって言われても俺、何の手がかりもねぇしよ。とくりゃお前の出番だろ?」
「なる程…」
もっともだ。
本来、自分の仕事はこういうものなのだから。
むしろ、ここでこそ自分の力は発揮される筈だ。
さらわれたお通には悪いが、ようやく自分の本当の出番だ、と山崎は気合いを入れた。
それに何と言う偶然か、はたまた何の巡り合わせか銀時と共に行動できるのだ。
旦那と一緒なら何とかなりそうな気がする。
それに、銀時自身も自分と一緒に仕事をしたいと思ってここに来てくれたのかもしれない。
俺って、意外と想われているのかも?
山崎は自然に頬を緩ませていた。
「で?」
「え?」
「依頼受けたからには、ちゃんと解決したいんだよね。報酬の件もあるし。お前が言った通り家賃もたまっているからさ」
銀時が指で輪をつくり、ニヤリと笑う。
「あ、そっスよね…」
先ほどから一転、そっちが主か、と山崎は悲しくなった。
「んで手がかりは? なんかないの?」
 銀時がせかす。
「そう言われても…。ついさっきライブを見張ってましたけど、特に怪しい人物は…」
声援を送りつつ、神経を張り巡らせていたが特に不穏な空気はなかった。
楽屋の周囲を見張っていた隊士達も口を揃えて普段と変わりなかったと言っており、犯人の手掛かりは皆無だ。
買い物につきあっていたマネージャーがほんの数秒の間目を離した隙に、お通が消えてしまったとの事で犯人からの接触が無ければ手の打ちようが無い。
どうしよう、と考えあぐねた山崎が窓の外に視線を移したその時。
「山崎氏?!」
「ぶっ!」
ガラス窓にべったりと見覚えのある二つの顔が張り付いていた。
「何? あの新八が太ったみたいな奴らは」
銀時が訝しげに二人を見て問う。
「新種のカエル?」
「いやいや、人間ですって。ど、どうしたんですか?」
「山崎氏?! き、聞いて下され! 実は拙者達、先程大変なものを見てしまったのでござるよ!」
「大変って、レアグッズでも見せてもらったんですか?」
「違うでござる! お通殿が! お通殿が!」
「変な奴に連れ去られてしまっているところを見たのでござるううぅつ!」
「ええっ?!」


「いやぁ、あの二人がお前の事を官憲マニアだと思い込んでくれて助かったよなぁ」
「そッスね…」
二人の情報は本物だった。
たまたまお通の行きつけの店を張り込み、あわよくば一緒に写真を撮ってもらおうとしていた二人が店員に扮した犯人にお通を連れ去られるところを目撃してしまったのだ。
「普通、真っ先に警察に連絡とか思う筈なんですけどねぇ…」
「真選組に通報したら逆に自分達が疑われると思ったんだとよ。で、どうしようか悩んでいたところにお前を見つけたと」
「複雑ッスよ…。まぁ、さっき連絡は入れましたけど」
真面目に街を守っているつもりなんだけどなぁ、と山崎は肩を落とす。
「まあ、そんなに落ち込むなって。それよりほら。あそこのビルだろ?」
「あ、はい、そうです。情報によると、あのフロアには芸能プロダクションが入っているみたいですね」
「ん? 同業者? って事は…」
「ええ、思ったより単純かもしれませんよ、このヤマは」
二人は向き合い、互いに頷くと静かに走り出す。
少しの後、二人は清掃業者の格好でビルに潜り込み、目的のフロアの天井裏に潜んでいた。
「いやぁ、スパイ大作戦みたいで何だかワクワクするねぇ」
「スパイ大作戦って。一体旦那何歳です?」
「それ知ってるお前も何歳だっつーの。若者置いてけぼりの会話で行数潰さないで、それより、ほれ、なんか光が見えてきたぞ。あそこが事務所の上の筈だろ」
「はい、ここからは静かにお願いしますね」
二人は、暗闇の中を小さなペンライト一つでほふく前進すると目的の部屋へ辿り着いた。
「…大当たり」
「…ですね」
通気用の穴から下を覗いた二人は、古風にも椅子に縛り付けられて猿ぐつわと目隠しされているお通を見つける。
「これだけ証拠がありゃ、もう勝ったも同然だな」
「まぁ、そうですね。でも、ちゃんと助けてからの科白ですよ」
「分かってるって。武器とか下手すりゃ銃とかも持ってるかもしれないしな」
「…そういえば俺、今丸腰なんですけど」
「はぁ? おいおい! 俺だって丸腰だよ!」
「え? 何でッスか? 俺は帯刀しているわけにいかなかったから当然ですけど旦那がどうして木刀持ってないんです?!」
「だって、お登勢のババァに家賃滞納の質代わりって事で洞爺湖取られちまったんだよ!」
「最低だこの人! 仮にも侍の魂を差し押さえされるなんて!」
「だーから、こうやって魂取り戻すためにお仕事してんじゃねぇか! 頑張ってるんだよ銀さんだって!」
「…はぁ。まぁ、それは分かりました。じゃあ、旦那の魂を取り戻すためにもこの事件、さっさと解決しましょう」
「お、そう言ってくれると嬉しいねぇ、うんうん」
 そう言いつつ、銀時は山崎の肩に手をのせた。
「だ、旦那…。こんな時に」
「んー、だってさ、なんか、考えてみるとこう暗がりで二人っきりってなんかアレっぽい雰囲気に似てね?」
 言いながら、銀時は更に手を腰に沿わせてくる。
「ち、ちょっと! あの、今どういう時か…!」
「なかなか出来ない雰囲気の時って、なんかこう、俄然ヤル気出てくるんだよなぁ」
銀時の手が腰から尻に下がり、締まった尻を撫で回し始めた。
まずい。
変なスイッチ入っちゃったよ、この人。
そういえば半月以上会ってなかったし、その間考えてみると電話もしてないし自分も今日久々に旦那の顔を見たんだよなぁ…。
…なら、ちょっと位いいかな?
思わず押し流されそうになったその時。
「おい、連れ出すぞ」
下から声が聞こえてきた。
その声で二人は我に返り、まずい、と一気に行動を開始する。
「旦那! 連れ出されちゃまずいです! 急いで救出しましょう!」
「おうよ!」
二人は通気口を外すと下に飛び降りた。
目隠しをされているお通が、突然の気配にびくりと身を竦ませる。
「しーっ! お通ちゃん、救出に来ました。静かに!」
そう言いながら山崎はお通の目隠しと猿ぐつわを解いた。
「ぷはっ! あ、ありがとう。えっ? あっ! 真選組の人と銀さん! やったー! お通助かっちゃったー! ありがとうきびうんこーっ!」
こともあろうか、お通がライブ張りのよく通る声で絶叫した。
「何だ?! 声がしたぞ!」
「ああああっ! ばれたああああっ!」
「おい山崎! やべーぞ! 早く逃げねぇと!」
「わあああっ! どどど、どうしようっ! …って、この部屋窓がないぃぃっ!」
自分達だけならまだしも、お通を連れては天井にも逃れられない。しかも二人とも丸腰だ。
「ど、どうしよう! ええと、とにかくお通ちゃんをなんとか…」
「このパイプ椅子使えるんじゃね? プロレスやってみる?」
「こんな時に冗談言わないでください!」
「あれ? あれ? 助かったと思ったけど、お通もしかして大ピンチーズ?」
「あーもう! お通ちゃんも黙って!」
何とかしなければと山崎が天井を見上げると部屋の扉が乱暴に叩かれ、かけられていた鍵があっさり押し破られた。
「くそっ万事休すか!」
山崎がお通を部屋の隅でしゃがみこませ、銀時がパイプ椅子を持ち上げて待ち構える。
「あれぇ。どんな馬鹿が雁首揃えていやがると思ったら、旦那じゃねぇですかィ。どうしたんですかこんなところで」
「…え?」
聞き覚えのある間の抜けた声。
隊士を引き連れ扉を押し破って入って来たのは、誘拐犯でも誰でも無い、真選組一番隊隊長沖田総悟だった。


「あー、何て言うか、確かにあの時連絡は入れましたけど、まさかこっちの行動無視して突入してくるとは思いませんでしたよ」
その後、一番隊の突入によってあっけなくお縄となった芸能プロの社長は最近、人気急上昇中のお通が目障りでスキャンダルを作ってやろうと誘拐したのだと自供した。
アイドル戦国時代の昨今、自分がプロデュースしたアイドル達の人気になかなか火がつかず、半ば自暴自棄となりお通の誘拐を企てたのだという。
「まぁ、芸能界じゃよくある話かもしれませんけど、あそこまでやるとは…」
事件解決の立役者となれたというのに山崎は苦い顔をしていた。
「まぁ、あの世界は伏魔殿みたいなもんだからな。路上ライブやってた頃のほうがお通も幸せだったかもしれねぇなぁ」
「…そうかもしれないですね」
幸せの基準ってなんだろう。
山崎は糖分と豪快に書かれている額を見る。
二人が居る場所は万事屋。
新八と神楽は出かけていて久々に訪れたというのに、事件が終わったばかりの山崎はまだ仕事モードでいた。
「それでも、お前はちゃんとお仕事したじゃねぇか」
隣に座っていた銀時が肩を抱き寄せて呟く。
「旦那にそう言ってもらえて嬉しいです」
「それより、あんまりお通、お通言わないでくれる?」
え? と驚いた山崎が銀時の顔を見上げた。
そこには、どこかつまらなさげな顔の銀時がいる。
「…もしかして旦那も、俺に会えなくて?」
そうなのか? と山崎は瞳をにわかに輝かせる。
そんな表情の山崎を見て銀時はぷい、と顔を背けた。
「ばっ! そ、そんな事ねーよ! お前の顔見られなくてつまんなかった、なんてこれっぽっちも思ってないんだからねっ!」
「…そのツンはちょっとテンプレ過ぎっすよ」
山崎は笑いながら、後ろを向いてしまった銀時の背中に顔を埋めた。
男の自分でも大きな背中だと思う。
ああ、この背中だ。
この広さ、堅さ、そして暖かさだ。
山崎は大きく深呼吸して、銀時の体の匂いを吸う。
「…旦那。こうするの、久し振りですよね」
「お、おう、そうだな」
山崎が積極的なのが珍しいのか、銀時の声がややうわずっている。
こういう所は変に純な所あるんだよなぁ。
そんな銀時が愛おしい。
山崎は銀時の体に手を回し、背中から強く抱きしめる。
「や、山崎くん、君、今日は積極的だね?」
「俺だって、寂しいと思えばこうもしますよ」
そう言いながら、山崎は振り返った銀時の顔に自分の顔を重ねた。
ああ、久し振りの感触だなぁ。
山崎は自分の唇に感じる、ちょっと堅めのその感触を思い出すように味わい、そして深く繋がりを求めて銀時を押し倒す。
「……!」
思った以上に大胆な行動に出ている山崎に銀時が目を白黒させる。
山崎はそんな銀時が可愛く思え、どうせならこのままで、と銀時の体の上に覆い被さり、そして改めて深く唇を重ね合わせた。
きっともう少ししたら攻守逆転されるだろう。
でも、それは全然構わない。
だから、今はせめて主導権を握っておこう。
自分は、主導権を握るのが好きなのでは無い。
この、いつもは積極的で、でも時々ヘタれる事もある、そんな不器用な彼に抱かれる事が好きなのだから。
「…俺、今日はもう仕事ありませんから」
銀時の耳元でそっと囁く。
その言葉を聞いた銀時の目が光った気がする。
あ、スイッチ入っちゃったな。
次の瞬間、山崎の体がぐるりとひっくり返され、目の前に銀時の顔が見えていた。
その顔には、優しげな微笑みと悪戯なニヤケ面が同居している。
ああ、この顔だ。この表情が俺は好きなんだ。
こんなしあわせのかたち、好きだなぁ。
山崎は銀時の指が触れたところからゆっくりと体を弛緩させながら思う。
旦那、今日も愛して下さいね。
山崎はこの後自分がどうなるのかを想像しながら、そっと目を瞑った。
まだまだ、肌寒い季節は続くのだろう。
それでも、一足早い春のような暖かさが万事屋の一室の中で確かに生まれつつあった。





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